
第四回 『007』
Magnifique Vétiver / Magnificient Vetiver
ジェームズ・ボンドといえば、スパイ映画の代名詞、007の主人公その人である。イギリスの諜報機関MI6に所属し、殺しの許可証をもつ危険な男。どんな困難な局面も皮肉まじりのジョークでさらりとかわし、酒も女も博打も強くスマートに遊ぶ、「男ならばこうありたい」を体現するキャラクターだ。
英国紳士である彼は、いくつものコダワリをもつ。灼熱の砂漠や荒波の海上であっても、任務遂行中には必ずオーダーメイドスーツを着る、人妻にしか手を出さない、マティーニはステアでなくシェイクで。そして当然「香り」にもこだわる。
ジェームズ・ボンド愛用の香水は「FLORIS」の「No.89」だ。FLORISは250年もの歴史を誇る老舗の香水店で、英国王室御用達の高級ブランドだ。No.89は、シトラス・ウッディ調の爽やかでありながら暖かみを感じさせる気品のあるフレグランスで、18世紀より英国紳士達に絶大に支持された。伝統と格式を兼ね備えた香り、このチョイスだけでジェームズ・ボンドがどういった人物なのかを表しているようだ。

余談だが、ジェームズ・ボンドのお相手の女性、ボンドガールにも設定された香りがいくつかある。1つは、第6作目『女王陛下の007』のボンドガール、トレーシーの香水、ゲランの「ルール・ブルー」。もう1つは第21作目『カジノ・ロワイヤル』のヴェスパーの香水、サンタ・マリア・ノヴェッラの「柘榴」だ。多くのボンドガールの中で、とりわけこの2人はジェームズ・ボンドにとって特別な女性である。トレーシーはジェームズ・ボンドと結婚した唯一の女性であり、ヴェスパーはボンドに本気で恋させ且つ「007であること」の決意をさせた女性である。ジェームズ・ボンド程の男を落とす女性には名香がつきもの。どんなシーンで香水が使われるかは、是非映画をご覧いただきたい。
「ジェームズ・ボンド」をイメージして作られた香水という商品も存在する。007シリーズ50周年であった2012年、第23作目『スカイフォール』と連動して発売された「ジェームズボンド007オードトワレ」である。第1作目が公開された1960年代に流行した香り、フゼア調を踏襲しつつ、現代的に洗練させた。「革新と伝統」の対比が連続する『スカイフォール』のストーリーともぴったりだ。「ジェームズボンド007オードトワレ」は、フゼア調の特徴であるコケの香りに、ベチバーを加えることでさらに深みを持たせている。
このベチバー。高級感のあるウッディノートとして香水のベースに採用されることが多い香料だ。シャネルのNo.5もその1つ。またゲランにはその名もずばり「ベチバー」という香水がある。その香水をきっかけに、メンズフレグランスの1大ジャンルとして「ベチバー」が発展したとも言われている。
「ジェームズ・ボンド」という最上級の男を表現したいと思ったとき、作者は「シトラス・ウッディ」を、香水の調香師は「フゼア」を、そしてランプ・ベルジェは「ベチバー」を選択した。「ジェームズ・ボンド」を嗅ぎ取れるかどうか、あなたの鼻で試してみてほしい。